事業再生コンサルタント野呂社長のブログ

全国の中小企業の事業再生を展開している野呂社長のブログです

地元、千葉県を快走する~過去の記憶と共に困っている社長さんのもとへ駆けつける

おはようございます。日曜日が来ると自分の睡眠バランスが崩れるようになった。これで3週連続だ。先週と同様に、夕方に眠ってしまったのでこのブログは夜に書いている。

ここのところ、日曜日だけが休日となっていて他の曜日は全て仕事をしている。サラリーマン時代は休日が来るのが待ち遠しかったが自分で会社を起こしてからは休日が恋しくなったことはない。やはり、私はサラリーマンには向いていない。

 

フランスのパリでテロ事件があった。当社支援先のTV番組制作会社も予定していた番組が延期となり、ロケに出ることもできなくなったと昨日の夕方に担当プロデューサーから私にメールが入った。この会社の資金繰り管理は私がやらせて頂いている。

 

この年末にきて、大打撃だ。ただ、思い通りに全てがうまくいくことはない。それなりに資金繰りを組み直して対応していく。この支援先は窮地に立たされると、必ず土壇場で急浮上する。社長さんの運の強さだ。非常に強運を持っている。どうってことはない。

 

FACEBOOKのプロフィール写真にトリコロールを重ねることが一時的に盛況だ。私のFACEBOOKFRIENDSたちも同様に実行していた。なるほど、追悼の意味かな。これについて物議が醸し出されている。

 

このタイミングでのこういったマイナスの発言は非常に痛い。参加だよ参加。うん。

 

土曜日は千葉県南房総方面の支援先へ向かった。所有している土地の任意売却について打ち合わせと今後のスケジュールの確認をさせてもらった。10月中旬からやたらと不動産案件が入ってくる。本当に忙しい。

 

東金有料から圏央道に入る。開通したばかりだから本当にきれいだ、周りには長閑な田舎風景が広がる。本当にいいところだ。俺も将来は田舎暮らしがしたい、と本気で思わせてくれる。

 

走馬灯のように記憶が蘇る。私は幼少の頃から、体がリラックス状態になると突然なんらかの記憶が走馬灯のような映像で頭の中にながれる時がある。病気はではないと思ってますが。意識はしっかりしているが、過去に通った道や訪れた場所に赴くとかなりの確率でこのような現象が起こる。

 

この日も、圏央道を車で走っている時に現象が起こった。念のため補足するが、特に意識が飛んでいる訳ではない。

 

私は大学を卒業後、一年半ほどフリーターをやっていた。在学中に就職が決まらなかったというより活動を一切しなかった。答えは簡単、まだその時期ではないないと自分の中にシグナルがあったからだ。まったくもって根拠のない自信というか、昔から私はこうだ。

 

自分のシグナルがGOを示さない限り、絶対に動き出さない。逆にGOの時には誰に引き止められたって、前進する。本当に恐ろしい。

 

今となってはただ逃げていただけに過ぎないのだが、当時は当時で生きるために必死だった。最大の原因は学生時代にきちんと人生勉強をしていなかったことかな。最近はそう思えるようになったてきた。単純だ、就職試験の際に人事部の方から「学生時代に打ち込んだことは?」と聞かれて即答できるタイプの方は人生勉強をしていると言える。

試験前にこの質問の回答を必死になって考えるのは、もう危ないと思ったほうがいい。後者のほうが、多いことは一目瞭然だ。私のようにならないように笑

 

話を戻しましょう。千葉県内のホームセンターや量販店に警備員として配属された私。年齢は22歳ぐらいでしたでしょうか。毎日のように、車を走らせて配属店舗へ向かう。

学生上がりの私には風当たりが強かったかな。感じたのは人の冷たさ、社会の厳しさ。それでも新鮮だった。毎日、飽きてしまうほどの退屈な学生時代よりかは面白かった。流通業界の人間が冷たいというわけではない、これが社会なのだと初めてそこでわかった。

これだけでも私には大収穫だった。仕事は一生懸命やった。初めて、自分の力で就職したいなと思えた。本当にこのフリーター生活は私の宝だ。

 

今のようにパソコンがあるわけじゃないので、毎週求人雑誌を買っては昼ごはん時に車の中で眺める。支離滅裂に履歴書を送ることは辞めよう。新卒で入社した同期から会社を辞めたとの報告が入ってくる。社会はそんなに大変かい?

 

不動産仲介というものは、新築と違って不動産の取引なら全て関わるスキルを身につけられる。興味を持った。専門書などを購入して読み解いた、営業だから大変だけどやってみよう。初めて、前に進みたいと思った。

ガンで余命宣告を受けている母親に、せめて自分がきちんと就職したところは見せたい。母親が力を振り絞って毎朝作ってくれる弁当に抗がん剤の影響で抜け落ちている髪の毛が入っていることが増えたこの時期。あれは私にとって命の弁当だった。

自分が情けなくて、その弁当を見ながら車の中で大泣きしたこともあったっけ。縁あって、仕事のできる先輩がたくさんいる電鉄系の不動仲介会社に入社した。

 

この先は、先日のブログに書いてあるので是非読んでみてください。明日も仕事を頑張ろう。

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